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Wi-FiのSNR/SINRとは?電波は強いのに遅い原因と改善方法【目安値つき】

「アンテナ表示は最大なのに、会議室のWeb会議が途切れる」「RSSIは-55dBmと十分なのにファイル転送が遅い」——社内Wi-Fiのトラブル相談で最も多いパターンです。原因の多くは、電波の**強さ(RSSI)ではなく、電波のきれいさ(SNR / SINR)**の不足にあります。

本記事では、中小企業のIT担当者様向けに、SNR/SINRの基礎、周波数帯(2.4GHz / 5GHz / 6GHz)やチャネル幅(20〜320MHz)によるノイズフロアの違い、隣接チャネル干渉のメカニズム、そして実務的な改善手順を、出典つきの目安値とともに解説します。


1. SNRとは?——速度を決めるのはRSSIではない

SNR(Signal-to-Noise Ratio:信号対雑音比)は、受信信号がノイズフロア(雑音の底)よりどれだけ高いかを示す値です。

SNR [dB] = 受信信号強度 RSSI [dBm] − ノイズフロア [dBm]

例えば、RSSI −60dBm・ノイズフロア −95dBm なら SNR は 35dB です。

Wi-Fiの実効速度を決めるのは変調方式(MCS)であり、どのMCSまで使えるかを実質的に左右するのがSNRです。Cisco Merakiも「受信信号 −65dBm はノイズフロア −90dBm の場所なら良好(SNR 25dB)だが、ノイズフロア −80dBm の場所ではそうではない(SNR 15dB)」と、同じRSSIでも環境次第で品質がまったく異なることを明示しています[1]。


SNRの目安値【用途別】

SNR

品質の目安

根拠・補足

25dB以上

音声・Web会議の推奨ライン

Cisco/Merakiとも音声用途は25dB以上を推奨[1][2]

20dB以上

一般データ用途の推奨ライン

Merakiはデータネットワークに20dB以上を推奨[1]

15〜20dB

低速MCSに制限、再送増加

10dB台前半以下

接続維持がやっと、体感で「遅い・切れる」

Ciscoの音声設計基準では、セル端の信号強度 −67dBm以上、ノイズフロア −92dBm以下(=SNR 25dB確保)、チャネル使用率 50%未満、再送率 20%未満が推奨値として挙げられています[2][3]。社内Wi-Fiの健全性チェックリストとしてそのまま使える数字です。

なお、Wi-Fi 6の1024-QAMやWi-Fi 7の4096-QAMといった最高速の変調方式には、一般に35〜40dB超のSNRが必要とされます(チップセット実装により変動)。カタログ上の最大速度がAP至近でしか出ないのはこのためです。


2. ノイズフロアの正体——チャネル幅を2倍にすると3dB上がる

ノイズフロアの下限は物理法則(熱雑音)で決まります。常温(290K)での熱雑音密度は −174dBm/Hz で、帯域幅Bのチャネルの熱雑音は次式で求められます[4]。

熱雑音 [dBm] = −174 + 10 × log₁₀(B [Hz]) 実効ノイズフロア = −174 + NF(受信機雑音指数)+ 10 × log₁₀(B)

この式から導かれる実務上の重要な結論が「チャネル幅を2倍にするたびにノイズフロアは3dB上昇する」です。


チャネル幅別ノイズフロア【計算値】

チャネル幅

熱雑音(理論値)

実効ノイズフロア目安(NF≒6dB想定)

20MHz

約 −101 dBm

約 −95 dBm

40MHz

約 −98 dBm

約 −92 dBm

80MHz

約 −95 dBm

約 −89 dBm

160MHz

約 −92 dBm

約 −86 dBm

320MHz(Wi-Fi 7)

約 −89 dBm

約 −83 dBm

※理論値は上記kTB式による計算値。実効値は受信機のNF(一般に5〜7dB程度)を6dBと仮定した概算です。

つまり、80MHz→160MHzに広げると同じRSSIでもSNRは3dB悪化し、MCSが1〜2段階落ちることがあります。320MHzでは20MHz比で12dBもノイズフロアが上がるため、広帯域の恩恵を受けられるのは高SNRを確保できる近距離・クリーンな環境に限られます。NetAllyも、AP密度の高い環境では20/40MHzの狭いチャネル幅を推奨しています[5]。

「チャネル幅を広げたのに遅くなった」は、ノイズフロア上昇と干渉被り増加の二重の理由で普通に起こる現象です。セル端の改善を狙うなら、幅を欲張らないのが設計の定石です。


3. 周波数帯で「実効ノイズフロア」は大きく違う

熱雑音そのものは周波数に依存しません(kTBの式に周波数項はありません)。差を生むのは環境中の人工ノイズ・干渉源です。


2.4GHz帯:最もノイズフロアが高い

  • 電子レンジ、Bluetooth機器、2.4GHzコードレス電話などがWLANの代表的な干渉源としてCiscoのサイトサーベイFAQでも挙げられています[6]

  • USB 3.0機器・ケーブル:Intelの白書は、USB 3.0のデータ信号が2.4〜2.5GHz帯に広帯域ノイズを発生させ、これは動作帯域内のためフィルタで除去できず、受信機のSNRを劣化させ感度を制限すると報告しています[7]。APやWi-Fi子機のすぐ横にUSB 3.0のHDDやドックがある構成は要注意です

  • Wi-Fi自体の過密(後述の通り実質3チャネルしか併存できない)

結果として、オフィス街や集合住宅の2.4GHz帯では実効ノイズフロアが−90〜−85dBm、劣悪な環境ではそれ以上に上昇していることも珍しくありません。「RSSIは−55dBmで十分なのにSNRは20dB強しかない」という状況が実際に起こります。


5GHz帯:比較的クリーンだがDFSに注意

非Wi-Fiノイズ源が少なく、実効ノイズフロアは熱雑音+NFに近い値(20MHz幅で−95dBm前後)に収まることが多い帯域です。ただし総務省の制度上、5.3GHz帯(W53)・5.6GHz帯(W56)ではDFS機能の具備が必須です[8]。レーダー検知時のチャネル退避は「遅い」ではなく「瞬断」の原因になります。


6GHz帯(Wi-Fi 6E / 7):現時点で最もクリーン

日本では令和4年(2022年)9月から5925〜6425MHzの6GHz帯が利用可能になりました[8]。屋内限定で使えるLPI(EIRP最大200mW相当)と、屋内外で使えるVLP(EIRP最大25mW相当)の2モードが規定されています[9]。

Wi-Fi 6E/7対応機器しか存在しないため、レガシー機器の低速通信がなく、非Wi-Fiノイズ源もほぼ皆無。実効ノイズフロアは熱雑音限界に近く、干渉回避の観点では最有力の帯域です。ただし周波数が高いぶん壁減衰・距離減衰が大きく、「ノイズは低いが信号も届きにくい」点は設計時に考慮が必要です。


4. SINR——干渉を含めた"実戦的な"指標

SNRのN(Noise)は本来、熱雑音や非Wi-Fiノイズを指します。しかし実環境で速度を奪う最大の要因は、多くの場合**他のWi-Fiからの干渉(Interference)**です。これを含めた指標が

SINR = S ÷(I + N)

SINR(信号対干渉雑音比。SNIR、CINRとも表記)です。重要なのは、干渉の種類によって効き方がまったく違うことです。


同一チャネル干渉(CCI):「ノイズ」ではなく「順番待ち」

同じチャネルの他のWi-Fiは、互いの信号を認識して送信を譲り合います(CSMA/CA)。SINRが直接悪化するというより、エアタイム(送信機会)が奪われて実効速度が落ちるタイプの劣化です。SNRは良好なのに遅い場合、まずチャネル使用率を疑います(Cisco基準では50%未満が目安[2])。


隣接チャネル干渉(ACI):譲り合い不能な純粋ノイズ

チャネルが部分的に重なる相手の信号は正しく復調できず、CSMA/CAの譲り合いが機能しません。受信機にとってはノイズフロアを持ち上げるだけの雑音となり、再送・エラーが多発します。MetaGeekはこの隣接チャネル干渉(congestion)を**「最悪のタイプのWi-Fi干渉」**と位置づけています[10]。

「中途半端に重なる隣接チャネルは、同一チャネルの共有より悪い」——これがWi-Fiチャネル設計の大原則です。


5. 隣接チャネル干渉の実際——2.4GHzは「1・6・11」を守る

2.4GHz帯のチャネルは5MHz間隔で並んでいますが、1つの信号は約20MHz幅を占有するため、隣り合うチャネル同士は大きく重なります。MetaGeekの解説の通り、チャネル1・6・11は中心周波数が十分離れており互いに重ならない唯一の組み合わせで、他のチャネルを選ぶと必ず隣接チャネル干渉が発生します。1/6/11を選べば他ネットワークとチャネルを共有(同一チャネル干渉)することになりますが、それでも隣接チャネル干渉よりはるかにましです[11]。

  • ch3やch8などの中間チャネルは、両隣の1/6/11すべてと部分重複し、干渉の加害者かつ被害者になります

  • 家庭用ルーターの自動チャネル選択が中間チャネルを選んでいるケースは今も見かけます

  • 2.4GHzでの40MHz幅は帯域の過半を占有するため、オフィス・集合住宅では非推奨です

5GHz以上ではチャネルが20MHz単位で重複なく定義されているため2.4GHzのようなオーバーラップは原理上ありませんが、スペクトラムマスクの漏れ(至近距離・高出力の隣接チャネルAP)や、80/160MHz幅同士のセカンダリ帯域の重なりには注意が必要です。設計としては「物理的に近いAPほど周波数を離す」が基本です。


6. 「電波は強いのに遅い」その他の原因

原因

メカニズム

切り分けの着眼点

チャネル使用率の飽和

近隣AP・自セルの端末がエアタイムを消費

使用率50%未満か[2]

レガシー端末の巻き添え

低速端末が長時間エアタイムを占有

接続端末の規格・レート確認

DFSによるチャネル退避

W53/W56でのレーダー検知[8]

瞬断のタイミングとログ

チャネル幅の過大設定

ノイズフロア上昇+干渉被り増加

幅を狭めて比較測定

スティッキークライアント

遠いAPを掴み続け低MCSで通信

ローミング設定の確認

有線側のボトルネック

Wi-Fiは無実

AP直下の有線速度と比較


7. 改善の手順——「見えないものは直せない」

ステップ1:ノイズフロアとSNRを実測する 実はここに落とし穴があります。Cisco Merakiのドキュメントも指摘する通り、一般的なノートPCのWLANカードは周囲のノイズフロアを測定できるようには設計されておらず、Wi-Spy dBxのような専用アダプタが必要です[1]。OSのアンテナ表示や速度テストだけでは、ノイズと干渉の実態は見えません。

スペクトラムアナライザ(Wi-Spy+Chanalyzer、WiPryなど)を使えば、ノイズフロアの高さ、電子レンジ・Bluetooth等の非Wi-Fiノイズの波形パターン、チャネルごとの占有率(Duty Cycle)まで可視化できます。当店(wi-t.com)ではOSCIUM/MetaGeek製スペクトラムアナライザの正規販売と導入相談を承っていますので、「まず現状を見える化したい」という段階からお気軽にご相談ください。

ステップ2:非Wi-Fiノイズ源を特定・排除する 電子レンジ、USB 3.0機器[7]、ワイヤレスカメラ等。発生源の移設・シールド・帯域移行で対処します。

ステップ3:チャネルとチャネル幅を再設計する 2.4GHzは1/6/11厳守[11]。密集環境ではチャネル幅を40MHz以下に絞る[5]。隣接APは周波数を離す。

ステップ4:5GHz/6GHzへ移行する 2.4GHzのノイズ環境から逃げるのが最も効果的なケースは多々あります。6GHz対応(Wi-Fi 6E/7)の更改時期なら、屋内LPI運用[9]を前提とした設計を検討する価値があります。

ステップ5:出力・配置を最適化する SNRは「信号を上げる」だけでなく「ノイズ・干渉を下げる」ことでも改善します。高出力一辺倒は同一チャネル干渉を悪化させるため、適正出力+適正配置のセル設計で解決するのが本筋です。


まとめ

  • 速度を決めるのはRSSIではなくSNR/SINR。目安はデータ20dB以上・音声25dB以上[1]

  • ノイズフロアはチャネル幅2倍ごとに+3dB上昇[4]。「広い=速い」ではない

  • 熱雑音は全帯域共通だが、実効ノイズフロアは2.4GHzが圧倒的に不利(電子レンジ・USB 3.0等[6][7])

  • 干渉は種類が本質:同一チャネルは順番待ち、隣接チャネルは純粋なノイズ。後者が最悪[10]

  • 2.4GHzのチャネルは1/6/11以外を使わない[11]

  • 改善の第一歩はノイズフロアの実測。一般のPCでは測れないため専用ツールが必要です[1]

Wi-Fi環境の測定・可視化ツールの選定や、社内Wi-Fiの現地調査(サイトサーベイ)についてのご相談は、wi-t.comまでお気軽にどうぞ。


出典一覧

[2]Cisco「Voice Over Wireless LAN (VoWLAN) Troubleshooting Guide – Site Survey and RF Design Validation」 https://www.cisco.com/c/en/us/td/docs/wireless/technology/vowlan/troubleshooting/vowlan_troubleshoot/8_Site_Survey_RF_Design_Valid.html

[4]RF Essentials「Noise Floor | Sensitivity & Thermal Noise」(N = −174 + 10log₁₀(B)、システムノイズフロア = −174 + NF + 10log(B)) https://rfessentials.com/resources/rf-glossary/noise-floor/

[5]NetAlly「WiFi Channel Overlap: How to Identify and Fix Issues」 https://www.netally.com/tech-tips/what-is-wifi-channel-overlap-and-why-does-it-matter/

[7]Intel「USB 3.0 Radio Frequency Interference Impact on 2.4 GHz Wireless Devices」White Paper(2012年4月、Doc. 327216-001) https://www.usb.org/sites/default/files/327216.pdf

[8]総務省 電波利用ポータル「無線LANの屋外利用/上空利用について」(6GHz帯は令和4年9月から利用可能、5.3/5.6GHz帯はDFS必須) https://www.tele.soumu.go.jp/j/sys/others/wlan_outdoor/index.htm

[9]ケータイWatch「総務省が『6GHz帯無線LAN』関連の制度を改正、『Wi-Fi 6E』が利用可能に」(LPI:屋内限定EIRP最大200mW相当/VLP:屋内外EIRP最大25mW相当) https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1437349.html

[10]MetaGeek「Adjacent Channel Congestion」 https://www.metageek.com/training/resources/adjacent-channel-congestion

[11]MetaGeek「Why Use Wi-Fi Channels 1, 6, or 11?」 https://www.metageek.com/training/resources/why-channels-1-6-11/

※本記事の「実効ノイズフロア目安」はkTB理論値に受信機NF≒6dBを仮定した概算、MCS別の必要SNRは実装依存のため一般的な設計目安として記載しています。

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